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婦人病治癒報告

婦人病治癒報告


・子宮筋腫、子宮内膜症の治癒報告

私は結婚前から特に異常は無く自分でも健康だけは自信がありました。ところが、10年前くらいに長女を出産した頃から体調が悪くなり始めました。検査をしても異常がないと言われるので、あまり家族にも症状のことは言わないように我慢することが多くなっていきました。今思うと、それが先生の言っていた「心の毒」だったのかも知れませんね。


はじめは3年くらい前にお腹の激痛に耐えかねて病院へ行きました。そこではじめて自分が子宮内膜症というやっかいな病気であることが分ったのですが、施術といっても痛み止めの点滴をするくらいしか方法がなく、段々とそれも効かなくなってきました。後は子宮の摘出しかないと宣告された時は、正直ショックで堪らなかったのをはっきり覚えています。「皆していることですし、術後の経過も悪くない比較的安全な手術ですから・・・」と勝手に手術の予定を入れようとしたので、断ってそこには行かなくなってしまいました。


暫くは市販の薬でなんとか痛みを抑えていたのですが、1年後に多量の不正出血があったので怖くなって今度は別の病院で診てもらうことにしました。
筋腫は既に10センチくらいの大きさになっていてお腹の上からでも分るくらいでした。病院の先生にはかなり叱られましたが、「子宮が無くなる」ということを受け入れることがどうしても出来ませんでした。


そんな時期に大学の先輩に手術もクスリも使わないで良くなったひとがいる、という話を聞きました。そのひとが通っていたところが先生の所だったのです。正直なところ、私は民間医療はまったく初めてで理解し難いことばかりなので、かなり戸惑いました。その時、私の病気の原因が「食べすぎ」と「冷え」そして「ストレス」だと聞いたときは、本当に「あ~変なところに来ちゃったなぁ。ここじゃ無理だな。」という気持ちでした。ただ、施術そのものは気持ちが良く、施術後は身体がとても軽く感じたので、少し様子を見ようと思ったのです。


ところが5回くらい施術を受けたあとから、急に体調が悪くなってきたのでおかしいな、と思っていたところが不正出血もかなりひどくなってきたので病院に行きました。先生には、効果が出てくるとそういうことが起きてくるとは聞いていたのですが、量が普通ではないので怖くなったのと家族が心配することもあり、止むに止まれずでした。病院では気功のことは内緒にしていましたが、原因はわかりませんでした。それで、やっぱり「毒だし」だろうと思うようにして気功を続けましたが、更に症状はひどくなるようにも思えました。


しかし、良く考えると出血があった後は痛みが軽くなることに気づいてからは、あまり気にならなくなりました。4ヶ月もすると、お腹のしこりがはっきりと小さくなり始めました。それからは、靴下も5枚は履くようになり先生の言うように甘いものがあまり欲しくなくなると、ますますしこりが小さくなっていくようでした。そして、あの激痛が治まったことが一番うれしいことです。まだ、不正出血とたまに頭痛やめまいがあるものの、ほとんど日常の問題はなくなっています。

・子宮内膜症ヒエトロジー実践体験記
東京都 世田谷区 立原町子さん 「私の冷えとり体験記」

私と理学気功との出会い、それは去年の今ごろ(2004年冬)から発症したであろう子宮内膜症から、すべてが始まったと言えます。
私の症状は、程度の進んだ中期の状態で卵巣などにも癒着していたため、薬を服用しても効かなかったら、すぐに偽閉経のホルモン剤の使用を勧められました。昼も夜も痛みで苦しむ中...一体この状態はいつまで続くのか?? もう子供は望めない。。という絶望感の中で、痛み止めを飲んでも効かない、そんな日々が約40日間続きました。


ネットで調べると、ホルモン剤は頭痛や吐き気など副作用がひどく、本当に苦しむそうでとても抵抗があり、でも何かきっと治る方法があるはずとワラをもつかむ想いでたどり着いたのが、この理学気功のページでした。意識も朦朧としていた中で、同年代、症状も似た女性の体験談を読み、直感的に...「私はこれできっと治る!!」となぜか思えました。本当に最後の頼みだったのです。


初めての施術で、先生にそっと身体を温めて頂いて私の体はウソのように生き返りました。痛みがひどくて、顔面蒼白状態だったのがみるみるうちに頬が桜色になって、血が通い始めたのです。そして終わる頃にはどんなに薬を飲んでも収まらなかった痛みがピタッと止んで、普通に歩いて帰ることが出来たのです。
先生が優しく....「治りますよ。。。子供も産めますよ。」と言ってくだった事が、本当に本当にうれしくて、思わず涙があふれてきました。


その日以来、私の冷えとり生活がスタートしました。痛みが止まった事ですっかりうれしくなり、毎日30分以上の半身浴とくつ下5枚の重ね履き、根菜類中心の食生活を心がけていたところ、施術院に3~4回通って2ヶ月程たったあの日の夜、突然、右足指が寝ている時にチクチクと痛み始めました。日に日にその痛みは強くなり、ある朝見てみると、右足指(中指と薬指)が膿んでいました。
先生にきくと、その指は、私の体の弱っている部分とのこと。
ここから毒が出ていってるの??... と不思議に思いました。


その約1ヶ月後に、左足指も膿んできて、両足指がどんどん激しく痛みを増し、一時は燃えるような痛みで、夜中に呼吸が荒くなる程に。
横になると昼夜を問わず、それは続き、思わず先生に助けを求めました。すると、「耐えられないまでにはならないので、大丈夫ですよ! どんどん毒は出ていっているので順調ですよ。私がついていますから。」その言葉を頼りに支えにしながら、日々、毒出しをしていきました。


その後はお風呂で温めると、足指がパンパンにふくれあがり、くつ下を履くのも一苦労、まるでしもやけのような痛みがゆさ、そして痛みと共に毒出しをしていくと、なぜか足指が細くなっている。 きっと毒が出たのかもしれない....そう思いました。
それをくり返し、ついには家の中でも歩くのに大変になってきました。もう、このまま外に出られなくしまうのか? と思ったりもしました。
しかしそんな中で先生が、「毒出しの大変な中でも、少し冷静になれる自分が、きっと出てきますよ。。。そして少しつづ、その痛みが気にならなくなってきますよ。」と言って下さって、本当にそうなれるのかしら? と思いました。


でも、本格的な毒出しが始まって2ヶ月程経ったある日、気がつくと‥‥痛みがあまり気にならなくなっていました。。。確かに自分でも「もう私は歩けない。外へ出られないからイヤだ...」と思っていたのを「外で痛くなって歩けなくなっても別にいいじゃない。」と、意識的に思ったから...かもしれません。
少しづつ、少しづつ...痛みが痛みがなくなっていき....毒出しはある意味、運動しているかのような感覚になってきました。そして更に「毒がどんどん出ていってくれますように...」と思えば思う程、まるで体がそれに応えるかのように...出ていってくれました。「思ったように体は反応するのだなあ。。」 心と体はつながっていることを確信しました。


毒出しは足指だけではありませんでした。足指の激しい毒出しの最中は、感情も高ぶりイライラして母にあたったりしました。特に生理の前兆や最中はひどくなり、最初の頃はどうしてだろう? と、とても不思議でしたが、先生に感情の毒出しと教えて頂いてからは、自覚して、少し楽に思えるようになりました。
更に発熱や頭痛、突然口がはれたり、皮膚のかぶれや抜け毛、口の中に血豆が突然できてすぐに消えたりと毒出しの症状は様々です。生理も冷えとりを始めてから、黒っぽい血へと変化し、どんどん少量となっていき、5ヶ月程するともう何も出なくなり、今は止まったままです。
きっと体が良くなろう....として毒が出て、少しずつ変化していっているのだと思いました。


食事に関しても、冷えとりを始めた直後は、肉、パン好きの私にとって、和食中心の生活は困難でした。お肉が食べたくて禁断症状が出て、ステーキをたくさん食べた事もあります。でも冷えとりを始めて、3.4ヶ月たち、食欲に波はありましたが、日を追うごとに、甘い物や油物を体が受けつけなくなっていき....そうなると、もはやあまり食べたくはなくなってくるようです。
やっぱりここでも....「心と体はつながっている..」そう思いました。今では、玄米と野菜の蒸し物がおいしくて仕方ありません。


その後、暑い夏に突入して...日々たっぷりと汗をかきながら毒を出していく毎日が続き冷えとりを始めて、半年が経ちました。毒出しの安定期?! とでも言うのでしょうか? すべての症状を毒出しと受け入れ気にしなくなってきたら....どんどんと体が動けるようになっていき、外出もできるようになっていきました。
以前先生が「毒がどんどん出ていくと、本来なら体は軽くなって、動けるようになるモノですよ。。やせた事を気にしている人はストレスで動けなくなったりしますから。。。」と言って下さったことを思い出し、あれは、本当だったのだと確信し、以来「思うように....なるものですよ。」という先生の言葉が今でも私の心の支えとなっています。ちなみに私は冷えとりで10kg近くやせましたが、あまり気にしないでいた事が良かったように思えます。


そして気がついたら、私の心は本当に安らかに穏やかに、自然と変化していきました。。以前は自己中心的で傲慢で、何より心配性で....そんな自分がイヤに思える事がよくありました。
でも、温まっていると不思議と心が落ち着くのです。そして気がつくと自然と周りへの感謝の気持ちが芽生えはじめ、心から他人のことを想えるような自分へと変わっていっていました。
そして施術院へ行く度に、何とも言えない晴れやかな気分になれる事が、どんどん自分が生まれ変わっていくようで...とても楽しみになっていきました。


冷えとりを始めて....9ヶ月程たちました。
温めると、体は下半身がだるくなったり、頭痛もひどくなりましたが、それほど変化がなかったので、少し物足りなさを感じていました。そんな時、ふとした切っ掛けで「このまま本当に治るのか?」という今までにない不安で眠れない夜が続き...ある晩どうしようもなくなって、思わず「助けてください...」と祈りました。


すると、夢の中に幼い頃病死した父が現れて..私を救ってくれたのです。
ずっとずっと胸に秘めていた父への想い.... 「私、お父さんと同じデザインの仕事してきたよ。でも大変で、途中で辞めてしまったの。」と告白しました。すると父は、「まあいいんじゃないか。」と、そっと優しく私を受け入れてくれたのです。
その瞬間に、今まで不安でドキドキしていた心が、スーッと楽になって落ち着いたのです。それと同時に「父は、私の側にいてくれるから、もう大丈夫なんだ。」と確信できました。父からの愛を受けられたのだって....


私は、父が亡くなってから今まで生きてきた20年以上もの長い間...ずっと「父に...父に自分を受け入れて欲しかったんだ。」と気づかされました。そして、今までの感情の毒出し(母に対してイライラをぶつきていた事)も、より多くの愛情を求めていたのだ...と感じました。
先生にも「心の奥底にある魂の冷えが出たのですね...」 そう言われて、本当にその通りだなあ..と強く思いました。


それ以来、温めれば温める程、多くの気づきが次々と出てきました。まずは何でも一生懸命にやりすぎてしまう自分の性格。これは世間や友人の誰からでもなく、「父」に認めてもらいたかったのだということ。「母」だけでは心の溝は埋まっていなかったのです。更に....自分の付き合う人に「父」を重ね合わせて、理想の父親像を描いていたということ。父を知らないだけに、父親になる人は何でも出来る男性でなくてはならないと勝手に決めて、それを彼に求め過ぎていたのです。


母に一連の事を話すと、優しく包み込むように、私の心を受け入れてくれました。女手ひとつで私と弟を育ててきた母は、私が長女なだけに、幼い頃から父の事に関しては、母に気をつかって我慢している様子だった事を気にしていたようでした。


母もできる限り、父のことを今まで話したかったそうですが、私は「母が悲しむだろうから、あまり聞いてはいけない。。」と何十年の間、心にフタをしてしまっていました。そのため友人との会話で父の話が出てくると、ドキドキしたり、昔の父の写真を見ても、心から見ることは出来ず、思わず目を背けたいような、そんな気がしました。


でもこの件があってから、私はようやく「父」のことを、素直にまっすぐに想えるようになったのです。
先生に「ずっとずっと我慢すれば...って思っていたのですね。。」 そう言われて、あまりに的を射ていたので、思わず泣き出しそうになりました。「町子さんの父親像は、幼い頃、お父さまが亡くなった時のままで止まってしまっているのです。ですから父は初めての異性であるし、それが描けなくて、周りや相手に求めてしまうのは仕方のない事です。でもこれからは、お母様と日々対話をして、ひとつひとつ紐解いていけば大丈夫ですよ....」 先生の言葉のひとつひとつが、心にしみこんでいきました。


先生もとっても喜んでくださったこと....心からうれしかったです。「先生は何でもわかってくださる。。いつでも私の側にいらしてくれる」 そう感じました。
それからの日々、それは自分自身が、まるでタイムスリップしていくような、そんな不思議な感覚でした。昔の父の姿をアルバムで見ながら...母との結婚までの話や想い出の地のこと、母が今でも心に残っている父の言葉。。。そのひとつひとつを聞いていくうちに、今まで描けていなかった父親の姿が、ぼんやりとおぼろげながら....浮かびあがってきました。


そうしたら...自分の中の絡み合ったモノが1本づつ解かれていくような、そんな気がして...それと同時に「あ、それでいいんだ...父もひとりの人間であり、強いところもあれば弱いところもある...完璧ではないんだ...」と思いました。そして私も父のような人(とても繊細で感受性が強くて...あまり社交的ではなかった... でも誠実で、きちんと思いを伝えてくれる...)そんな人と一緒に過ごせたらと思いました。


そして、それが何となく解っていくにつれて、これから誰かとお付き合いできたら...その人に対して今までの様には求め過ぎない...その人自身をちゃんと受け入れられそうな...そんな温かな気持ちになることが出来ました。


さてその間不思議だったのは...母への愛情の求め方です。ひとつひとつの事を気づく前には、必ず不安で落ち着かなくなり....母に手を握ってもらい、話を聞いてもらわないと...それが収まらなかったです。時には、母が外出して1人になるのが怖くなり、幼い頃そうした様に、おみやげをせがんでしまう事もありました。
本当に自分は子供の頃に戻っている。そんな気がしました。

 
その後も聞けば聞くほど父への想いは強くなり....「父をもっと知りたい」と想うようになりました。父の形見や残してくれた作品を、家族写真を大切に飾り....何十年の空白を一気に埋めようとして、少々疲れてしまいました...(笑)


でもその甲斐あってなのか? さらに温めていったら、「弟はまさに父の同性の分身なのだから、弟を見ていれば、父を感じる事ができる...父子なのだから。。」そう気づき、父と子は繋がっている..そして私も、母も、弟も...深く繋がっているんだ...今まで家族は3人だと思っていたけれど、父、母、弟、私の4人なんだ..と、今まで感じたことのない一体感を心から感じて...お風呂の中で泣いてしまいました。。


そして弟も私も持っている、繊細で感受性の強い部分を今までそういう部分は、自分では好きではなくて隠し続けてきたけれど、これからは父から受け継いだ、たった一つの部分として、大切に...大切にしていこうと心に決めました。


冷えとりを始めてから...10ヶ月程経ちました。体の変化は1年前とは比べものにならないくらい、みるみると元気になり、もはや自分が病気であることを忘れてしまうかでもありました。その一方で、温めると下半身が以前よりもだるくなりましたが、食事に関しては、外食のものはお腹をこわしてしまい、家の食事が一番安心できるようになってきました。


その頃...又、大きな気づきがありました。最近、何気なく部屋のインテリアや雑貨の飾り方を考えることが、ごくごく自然に楽しんで出来ていて...そんな中、それにまつわる「モノづくり」も、気がつくと、心から楽しんですいすいとしていました。
・・・どうして、こんなにも楽しめるようになったのだろう?? 今まで長い間デザインの仕事を続けていて...私はその殆どを苦しみ、悩みながら「モノ」をつくっていた━━ それが幼い頃、家で絵を描く事が好きで仕方なかった時の様に....自然に楽しんでいるのです。次の瞬間...「私は今まで人にどう思われるか? を常に気にしながら「モノづくり」をしていたのではないか?」ということに気づきました。だから頭が固くなってしまい、生み出すことが苦しみだった。
だから、こんなに頑張ってつくったのだから、人に「評価してほしい。褒めてほしい...」という思いが人一倍強くて、それがストレスになっていたのだ...とわかったのです。


「モノ」をつくる本人が本当に楽しんでいたら....人からどう思われようと全く関係ないのですね。お花の仕事をして「モノづくり」をいつも心から楽しんでいた母は、まさにそうでした。幼い頃からそんな母をみてきて「私もそうなりたいなあ。」と、うっすら思い描いてきました。そしてようやく今になってそんな母の気持ちを自分も味わえた様な気がして本当に本当にうれしかったです。分野は違っても...「モノ」をつくる気持ちは同じなのですね


そしてそんな中、母との合作が生まれました。叔母のレストランに置くWelcomボードです。私のデザインと母の形にする技術とセンスがひとつになりそれは本当に心通えるもの、となりました。親子だから言い合うことができ、親子だから言わなくても解り合えるのだなあと感じました。
そしてそれと同時に私は「父と母の両方の血を受け継いでいるのだ。」と確信しました。「つくること」デザイナーの血は、亡き父だけから受け継いだものではなく、その感覚は、幼い頃からの、花をつくる仕事をしていた母からの贈り物でもあるんだなあ...と気づいたのです。


改めて...改めてそんな父と母から生を受けたことに、心から感謝したい...そう思いました。そしてこれからも、その感覚を大切に、大切にしていきたい..と思いました。
先生が言って下さった、
「こころは、とても奥行きがあります。毒は呼吸のように出し入れするものと考えてください。それが活きていく...ということかもしれません。その中でこそ、感じられるものがあるのです。だからこそ、あなたは今、痛みを感じながらも慶びを感じない日はないのです。。」
この言葉が、とても、とても、うれしかったです。


毒出しは、パワーのいることです。特にこれらの感情の毒出しは目に見えないモノなので、出てくるまで温める度にイライラが何ヶ月も続いたり、言いようもなく不安でドキドキしたり...何かを我慢して食べ過ぎてしまったりと大変な思いをしたりします。でも、それを乗り越えるとこんなにも大きな喜びが待っているのですね! 毒を出す度に、心の奥底にある一つ一つのつかえが出ていって...本当に不思議と..ラクになっていくのです。そして、いざ思い返してみると毒が出るまでの過程は、ちゃんと一つ一つに意味を持っていて出た途端に「あ、やっぱりそうだったんだ」と気づき、一つの線で繋がっていくのです。
まさに今まで生きてきた私の人生が、今この瞬間に一つの線でつながって私自身が生まれかわっていきました。


冷えとりは、理学気功は....まるで魔法のようです。本当に心から、毎日をこんなに幸せに思えるようになるとは...夢にも思ってませんでした。もうすぐ冷えとりを始めて一年たちますが、萱沼先生には、本当に感謝して止まない日々です。これからも、冷えとりを続けて体が元気になっていければと思います。
そしてこの体験談が少しでも、多くの人たちの目に留まって、その方のお力添えになれば..と心から願う気持ちでいっぱいです。最後になりましたが、私の体験談を読んでくださり、本当にありがとうございました。


・子宮内膜症の治癒報告2

1994年、私は激しい生理痛と生理不順のため、幾つかの産婦人科を回り、どの病院でも「子宮内膜症」と診断されました。生理前になると毎月のように発熱、頭痛、腹痛、吐き気などに悩まされ、時には一ヶ月以上も出血が止まらないこともあり、日常生活に支障をきたしていました。


ある病院では「子供を産んだら治るよ。ずっと内膜症の人はいないから。」と言われ、痛み止めを貰うだけでした。大学病院では点鼻薬を処方されました。ホルモン剤でした。
これによって一時的に生理を止める施術を開始しました。一日三回、ほぼ決まった時間に点鼻し、これを一年近く続けていたと思います。はっきりとは覚えていないのですが、ここで支払った診察&薬の代金は相当なものでした。はじめは生理痛もないし生理がないとわずらわしくなくていいなと思っていたのですが、薬を使い続けて数ヶ月たつと、今度は副作用が出始めました。


突然顔がぽっと熱くなって顔が真っ赤になったり、吐き気がしたり、体がとてもだるくなりました。
それでも薬を使い続けると今度は激しい頭痛が起こるようになりました。
頭痛が起こると鎮痛剤を飲んでいました。あるとき頭痛が起こったのでいつものように鎮痛剤を飲んで横になっていると薬がまったく効かないのです。それどころか頭の中がぐるぐる回り視界もぼやけてきて頭痛はどんどんひどくなっていきました。私は救急車で病院に運ばれましたが、病院では痛み止めの点滴で眠って帰ってきただけでした。


こんなに激しい副作用が出るのだったらまだ生理痛のほうがいいとまで思いました。
ちょうどそんな時、友人のお母さん(40代)が子宮筋腫と診断され、病院からもらってきたくすりを見て驚きました。私の使っている薬と同じだったのです。
「病名が全く違うのに何でおんなじ薬なの?」と不安に思い怖くなって薬を使うのをやめてしまいました。
その後も頭痛はおさまりませした。あまりにひどいので大学病院の脳外科に行くと、異状は見つからず、再び産婦人科に行くように言われたため行ってみると、以前担当していた先生にすごい剣幕で怒られました。
「どうして言われたようにやらなかったの?こっちはちゃんとデータ採らなきゃいけないんだから!!」
私は「私は実験台だったのか。」と悲しい気持ちでいっぱいでした。


病院にも薬にも不信感を抱いた私はほとんど諦め、また生理が来て痛かったら鎮痛剤を飲めばいい、もうこの病気とはずっと付き合っていくしかないと思っていました。


2000年、スノーボードの練習で肩を負傷してしまった私は大会が近かったこともあってほんの間に合わせのつもりで初めて中欧整体院を訪れました。あれだけ痛くてあがらなかった肩がその日のうちにあがるようになり、数日後には練習できるまでに回復したのには本当に驚きました。
もっと驚いたのは萱沼先生のいう「冷えとり」です。


「冷えとり」すると怪我もしにくくなるし、スポーツ選手だったら普通の人よりも体に気を配らなくてはと言われ、正直半信半疑のまま冷えとりをしてみることにしました。


怪我の多かった私はただ「怪我のしにくい体」だけが欲しかったのです!私はもともと靴下が苦手で、それを夏でも履くと良いと言われ、初めはいやいや履いたのですが履いてみるととても気持ち良くて今では半身浴と足湯をする時以外は素足でいることがありません。


それまではお風呂もシャワーだけで済ませてしまうことが多かったのですが、ぬるめのお湯で半身浴をし、時間があれば足湯をしました。夜寝るときも靴下を履き、湯たんぽを入れて寝るようにしました。
すると今までより明らかに寝起きがいいのです。
朝起きてすっきり、というこの感覚はもうここ何年も味わったことのないものでした。


今では自分の家で寝るとき以外でも湯たんぽを持って行きます。食べ過ぎに気を付け、玄米を食べ始めました。
それまではファーストフード、お肉、お魚、乳製品、果物などを多く食べていたのですが、今ではそれらを前ほど食べたいと思わないし、食べてもおいしいと感じなくなってきました。
以前も乳製品や果物などは食べたいというよりは体にいいらしいからと無理に摂っていたように思います。


「冷えとり」を始めて以来、私の体に様々な変化が起こりました。スノーボードで大きな怪我をすることはなくなりました。たまに軽い打撲や捻挫をすることはありますがそんな時はいつもより長めに半身浴や足湯をすると以前とは比べ物にならない位早く回復します。
気持ちの変化もありました。以前は自分が他人からどう見られているのかをとても気にしていたのですが、それもほとんど気にならなくなり、ありのままの自分を受け入れようという気持ちが生まれました。


そしていつの間にか生理がきても鎮痛剤を飲んでいない事に気がつきました。全く生理痛がなくなっていたのです。そのことに気付かない程自然だったのです。以前病院に通っていた頃基礎体温を測っていたのですが、生理があっても常に低温期でした。無排卵月経だったのです。
でも今はきちんと排卵が起こるようになりました。生理不順も改善され、今では順調に生理が来ることに感謝しています。
そして怪我の時からもう5年お世話になっている萱沼先生に改めて感謝\(^o^)/
このHPを見て一人でも多くの人が冷えとりを始めてくれたらと思っています。


・子宮内膜症の治癒報告3

モニターとして施術をしていただいて一週間目の感想です。

当日の夜、内膜症の痛みが出なかったと前にも記しましたが、それ以後も痛みは出ませんでした。
ホルモンのサイクル上、排卵期が終る頃でしたので、時期的にも痛みは少なくなる頃ではありましたが、やはり施術の効果があったように思います。


それと、翌日の1日、妙にトイレが近かったです。膀胱にも影響が出て、毒素を出そうとしているのかな、と思いました。
翌日以降は通常に戻りました。先週もずっと遅くまで仕事をしていたので、全身が飛躍的に快適になったわけではありませんが、
痛みがないというだけで大分と違うものです。ありがとうございました。


・子宮内膜症の治癒報告4

萱沼先生、こんにちは!U・Hです。

先生の施術を受けてからもう4ヶ月も経つんですよね。つい先月までは本当に不安でした。多少痛みが軽い時もありましたが、基本的にはあまり症状が変わっているようには思えませんでしたから。でも、いまさら他に行く気も無かったんですよ。先生が熱心に説明してくれるので、何とか諦めずに「冷えとり」も頑張りました。


それが前回に施術を受けてからすぐ生理が来たのですが、ほとんど「痛み」らしい「痛み」が無かったんです。いつもなら脂汗が」出るくらい辛いはずでした。
こんな事があるのか?と今までを思えばとても信じられませんでした。またすぐ痛くなるだろうと思っていたのですが、とうとう何にもないままでした。本当にありがとうございました。先週も生理になりましたが、やっぱり「痛み」は全くというくらいにありませんでした。


わたしはジワジワと良くなると勝手に思っていただけにかなり意外な展開です。このままこの状態が続くよう、「冷えとり」は頑張るつもりです。


・卵巣嚢腫の治癒報告

こんにちは。
日曜日はこちらこそありがとうございました。
手術を受けずに済んだことはもちろん嬉しかったのですが、
先生があんなに喜んでくださったこともとてもとても嬉しかったです。
それにあの場にいらした方々も心から喜んでくださっている様に見えて(?)それもまたとても嬉しかったです。


自分の為に頑張っていた事ですが今思うと先生が、一生懸命私の身体が良くなる様に・・・と施術をしてくださっていることに応えたいという気持ちも、病状が良い方向に向かう手助けになっていたのだと思います。
私は生まれてから身体のことに関しては、ずっと両親に心配を掛けてきてしまったので、せめて両親の思う様に手術を受けてあげたいと思っていたのですが、やはりどうしても手術を受けたくなくなり、そのうち両親に手術を受けさせられる、とまで思うようになってしまい、 両親に私のそんな気持ちに耳を傾けてもらうには嚢腫を消すしかない!
と思い密かに密かに努力をしていました。


その甲斐あってこのような結果が生まれ、みんな幸せ♪ということになりました。
先生、この度は本当に本当にありがとうござました。
体験談の件ですが、 これも私の身体を良くしてくださった先生への恩返しだと思いますので、早くお便りしたいのですが、何せ私文才が無いもので、 時間をかければ良いというものでも有りませんがもう少しお時間を頂ければ必ずお便りさせて頂きます。

その後の報告を動画で頂きました


・子宮筋腫の治療報告

検査の結果、8月16日に14センチだった筋腫が、9月17日は9センチ以下になっていました。
筋腫が崩れはじめているとのことです。
私がこの7月からやってみたことを書いてみました。


「食べ物では…」

☆チーズ、牛乳、アイスクリームなどの乳製品をとるのをやめました

逆にいうと、私はチーズをよく食べることで何センチも筋腫を大きくしてしまいました。
去年の1月に8センチだった筋腫が、今年の6月には14センチを越えていました。
このときには甘いものを控えていたため、チーズトースト、クロックムッシュなどがおいしくて、よく食べました。
そしたら、みるみる筋腫も大きくなったので、乳製品はほんとうに女性の体にはよくないんだなぁと思います。
カフェオレとロイヤルミルクティーもいったんやめると腸の調子がよくなるような気がします。


☆卵もやめてみました

また、花咲オムライスもよく食べていました。オムレツを開いた形にしてチキンライスにのせるのですが、卵が好きでたくさん食べたかったんですね。
いったん卵もやめにすると体によい効果があると思います。
卵料理、カステラ、ケーキ類、焼き菓子類をとりあえずやめてみました。それらが体から抜けてしまうと、すっきりした気分になるようです。


☆間食をやめました

食事のあいだに何かを食べないで、一日3食でごはん食が多くなるようにしました。
パンもできるだけやめて、ごはんかうどんかお蕎麦にしました。


☆冷たい水と飲み物をやめました

体が冷えているときは冷たい水が吸収できないそうです。
温かいお白湯を一日に何度も、夜中に眠れないときも飲みました


☆果物をときどきにしました

果物も体を冷やすので、やめたほうがいいようですが、もし食べたくなったら、りんごやぶどうなどを味わってたいせつに食べるようにしました


☆動物性たんぱく質をいったんやめました

お肉もお魚もお付き合いで仕方ないとき以外はやめてみました。
ただ、しらすやちりめんじゃこなど小さいお魚はよく食べますし、あさりの煮たのなども食べています。


☆朝御飯をやめてみました

ハードな仕事が入っているときはこれはできません。
そういうときはもちろん朝御飯もしっかり食べますが、朝は基本的には毒を排出する時間帯だそうです。
逆にいうと、午前中朝御飯を食べなくて何も仕事ができなくても、排毒できたから100点満点と思うようになりました。
10時半を過ぎたら、2時くらいまでの好きなときにお昼御飯を食べるようにしました。


☆体内ガスをつくる食材をとるのをやめました

私の場合は、プルーンやさつま芋、ホットミルクをとると、お腹がゴロゴロします。
これは、私には消化が苦手ということなので、良いといわれる食材でもとらないことにしました。
体内ガスができると何日も停滞して動かなくなり、強い腹痛を起こすことになります。
軽く済めばいいですが、停滞した体内ガスの痛みはつらいです。


「おつきあいでは…」

☆いやな人とのつきあいをやめました

これはいちばん大切なことかもしれませんが、心が、無理してつきあっていると、つぶやいてくる人には会わないようにします。
特にいやな人と我慢をしながら食事をするのがよくないみたいです。


☆自分自身に向かい合う時間をつくりました

窓辺に一人で座って、風にふかれながら心の中の気持ちをゆっくり尋ねてみました。
はずかしがらないで何でも話してくれるように、
「もしかしたら、…じゃない?」
と問いかけてみました。
やりたくないことはできるだけ中止にしようと思いました。


☆人と自分を責めるのをやめました

私は思い込みが強くて、状況を悪く考えることで、全然必要ないのに、自分を傷つけていたみたいなのです。
「こんなふうに思われるだろうから」というのは、私一人の単なる思い込みなんですね。


☆子宮に、
「不安にならなくてだいじょうぶよ。一緒に乗りきろうね。私たちは今までずっと一緒だったじゃない。これからもずっと一緒よ。一緒に頑張ろう!」
と力強く話しかけて、安心させてあげました。
子宮も、自分が取り出されてしまったら…と思うと不安でしょう。
こんなに頑張っているのに何でわかってくれないの?と怒るときも泣きたいときもあるでしょう。
痛いとき熱を持っているときに励ましてあげました。


「そして、治療院からの指導で…」

☆半身浴を1時間しました

38℃をきちんと計ってお湯を張り、浴槽に椅子を入れて中に座ります。
お風呂の蓋を半分しめて上にタオルをおいて両腕を乗せ、ぬれないようにします。
寒いときは大きなビニール袋の底に穴を開けたものを用意して、それを頭からすっぽり被って肩をカバーしました。


☆終わったら靴下の重ねばきをしました

私の場合は吉祥寺の気功治療院に通っていますので、そこの指導にそって絹+綿の5本指ソックスの重ね履きをしました。
寝るときも履いて寝ますし、日中もできるだけ履いて過ごします。
以上です。

板橋区在住 Y・Y

婦人科系全般の症状に対応しています。
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